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大阪地方裁判所 昭和22年(ワ)1052号 判決

原告 池永斎吉

被告 島商事株式会社

一、主  文

被告は原告に対し金十万円及び之に対する昭和二十二年十月二十三日以降右完済迄年六分の金員を支拂うことを命ずる。

訴訟費用は被告の負担とする。

此の判決は原告に於て金三万円又は之に相当する有價証券を供託するときは仮に執行することが出來る。

二、事  実

原告訴訟代理人は主文第一、二項同旨の判決及び仮執行の宣言を求め、其の請求の原因として、「被告は絹、綿、麻、人絹等の製造加工及び之等製品の賣買を業とする株式会社であり、訴外岡莊七郎事岡芳郎は元被告会社の取締役で、昭和二十一年頃も其の常務と称し、営業主任を担当していた。そこで原告は同年十二月十八日被告会社店舗に於て其の代理人としての同人との間に純マニラロープ五千貫を必要な手続をすませて糸崎造船所より被告に於て買受けた上之を原告に金百万円を以て賣却する旨の約定を爲し、原告は同日手付金十万円を支拂つた。所が被告は昭和二十二年二月二十六日右の品物が入手不能であるとの理由により賣買契約の合意解除を求め、右手付金は即時之を返還することを申出でたので、原告は之を承諾したのであるが、被告は未だ右の支拂を爲さないから茲に被告に対し右金十万円及び之に対する本件訴状送達の日の翌日である昭和二十二年十月二十三日以降右完済迄商法所定の年六分の遅延損害金の支拂を求める」と陳述し、被告主張事実に対し岡芳郎の辞任の登記のあつたことは認めるが、其の余は否認する。仮に本件取引当時同人が被告会社の代理人でなかつたとしても、同人は被告会社の商号を肩書に付した名刺を使用し常に被告会社の営業室の中央の席で執務し、金員の受領証にも被告会社の印判を押捺して居たものであり、被告会社に於ても此の事実を知つて之を許容して居たのであるから之は民法第百九條に所謂第三者に対して他人に代理権を與へた旨を表示した場合に該当して被告会社は右取引に付責任を負はねばならないし、一面に於て被告会社が岡に対し自己の商号を使用して営業を爲すことを許諾したのであるから商法第二十三條により被告は岡と連帶して弁済の責任がある。又仮に右取引当時同人の被告会社の爲の代理権が消滅していたとしても、右の如き事実関係の下において原告は全く代理権消滅の事実を知らずに同人と取引を爲したのであるから、被告は代理権の消滅したことを以て原告に対抗することが出來ない。仮に全くの無権代理であつたとしても被告会社代表取締役寺岡仙五郎は昭和二十二年一月二十一日原告に対し本件契約の履行の猶予を求めたから、之により右契約を追認したものである。又本件取引の当時輸出入品等に関する臨時措置に関する法律及び国家総動員法は共に廃止されて居り、マニラロープに付何等の統制が行はれていなかつたのであるが、仮に何等かの統制法規が存在したとしても、元來本件取引は賣主たる被告に於てマニラロープ拂下げの許可を得て之を原告に賣渡すことを約したもので何等違反となる余地がなく民法第七百八條の適用は無い。」と述べた。<立証省略>

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として「原告主張事実中被告会社の営業目的が原告主張の通りであること及び訴外岡芳郎が元被告会社の取締役であつたことは認めるが其の余は否認する。被告会社は元茜屋商事株式会社と称し昭和十三年十一月二十二日現商号に改めたものであり、右岡は其の以前取締役であつたが、昭和十三年六月二十日應召により其の地位を離れ同年十月四日辞任の登記を爲し、以來全く被告と無関係であつたところ、昭和二十一年夏頃被告会社に対し大同ビルデイング内に設置していた事務所を他に移轉する必要から一時被告会社内に机を置かせて貰いたいと懇請したので之を承諾し、被告所有の机を使用せしめたことがあつたが、同人は同年末頃他に移轉した。從つて被告は原告主張の取引のあつたことも昭和二十二年二月十一日頃岡の所在が不明になつて始めて聞知したものであつて之に付ては全く責任を負うべきものではないが、仮に被告に責任があるとしても、本件マニラロープに付ては昭和十二年法律第九十二号輸出入品等に関する臨時措置に関する法律に基く苧、麻、大麻等統制規則により所謂指定統制機関又は農商大臣の指定した者、地方長官の許可を受けた者でなければ賣買出來ぬに拘わらず原被告及び岡は孰れも之に該当せず、又原告主張の賣買代金は国家総動員法第十九條に基く價格統制令による販賣價格十貫に付百八十六円四十七銭を遙かに超過するから本件手付金の支拂は所謂不法原因給付に該当し原告は其の返還を請求出來ない。」と述べ、右岡が被告会社の名義を用いて取引を爲すのを被告会社に於て知つていたこと、及び右契約の追認に関する原告主張事実を否認した。<立証省略>

三、理  由

被告会社の営業目的が原告主張の通りであること、及び訴外岡荘七郎事岡芳郎が昭和十三年六月頃迄被告会社(当時茜屋商事株式会社)の取締役であり、同年十月四日辞任登記の爲されたことは孰れも当事者間に爭が無く、原告は右岡が昭和二十一年頃被告会社営業主任の地位にあつたと主張するが、之を認むべき証拠は無く、却て証人野田武市の証言及び被告会社代表者寺岡仙五郎本人の供述を綜合すれば、被告会社は現商号に改称した昭和十三年頃以來現在迄全く営業をしていないこと、及び右岡は取締役辞任後は全く被告会社に関係なく、單に昭和二十一年夏頃大同ビル内の事務所の明渡を求められたからとて被告会社に対し事務所の一部の使用を依頼した結果、其の頃より昭和二十二年一月迄大阪市西区江戸堀北通一丁目十七番地所在同会社事務所内の机の使用を許容されていたにすぎない事実が認められる。從つて右岡が被告会社の使用人たる営業主任であつたことを前提として同人との取引に基く手付金の返還を求める原告の請求は既に此の点に於て失当と謂はねばならない。

然しながら、成立に爭のない甲第六号証の一、二、証人名迫友武、同大玉勝美、同眞砂壯昌の各証言及び原告本人の供述並びに右証人名迫の証言により成立を認められる甲第一号証、第三号証の一乃至三、第四号証の一、二及び四、五を綜合すると、右岡が昭和二十一年十二月十八日右の如く被告会社より使用を許容されていた被告会社事務所内に於て「島商事株式会社岡莊七郎」なる名義の下に原告との間に純マニラロープ新品五千貫を統制組合の許可の下に糸崎造船所より買受けて之を原告に賣渡す旨の契約を締結し、其の手付金十万円を受領した事実及び原告は右取引に際しては訴外大玉勝美、名迫友武の両名より岡を紹介されたもので岡は其の使用する名刺及び右十万円の受領証に孰れも被告会社の名称を肩書に付して一見被告会社の社員であると思われるような記載をして居り、又同人の使用していた机の位置も被告会社に於て相当重要の地位に在ると見られる場所に在つた事等より原告及び名迫は共に岡を被告会社の社員であると信じていた事実が孰れも認められる。尤も証人岡芳郎は右受領証及び名刺の表示は共に單に被告会社内岡莊七郎なる意味に使用したにすぎず、又自己が右の名刺を使用していたことを被告会社代表者寺岡は知らなかつたと供述し、右寺岡仙五郎も同人が一ケ月の三分の一は同会社に出勤していたが、岡が右の如き名刺を使用していたこと及び取引に付被告会社の名義を使用していた事実は昭和二十二年二月頃迄知らなかつたと供述する。然しながら進んで証人竹村長太郎の証言並びに西本達一郎の証言の一部及び之に依り成立を認められる甲第四号証の四を綜合すれば、訴外西本達一郎も当時岡と同様被告会社に出入りし、同会社と無関係に拘らず其の名義を肩書に記載した名刺を使用してブローカーを爲して居り、取引の相手方よりは被告会社との取引であるかの如く考えられていた事実及び右西本が被告代表者寺岡から被告会社に瑕の付く様なことをせぬようにと注意されたことのある事実が認められ、斯様な事実関係及び前示各証拠に対比すると、右証人岡及び西本の各証言及び被告会社代表者寺岡本人の供述中、以上の各認定に反する部分は信用出來ない。又証人野田武市の証言に依れば被告会社事務所には同会社の外新阪神土地株式会社其の他の会社の表札も掲げられていた事実が認められるが、此の事実に依つても以上の認定を覆えすに足りない。從つて被告会社は岡及び西本の如く同会社事務所の一部を使用していた者が被告の商号を用いて他人と取引を爲す事実を知り乍ら之を阻止しなかつたものと認定するの外はない。而して原告は此の事実関係に付先づ民法第百九條或は商法第二十三條の適用あるべき旨を主張するが、

民法第百九條の適用される爲には其の本人に於て他人に対し特定の具体的事項に付ての代理権を與えた旨の表示を要するものと解すべきであるが、右認定の事実関係では此の具体的事項に付ての代理権授與なる要件を欠いているから同條を適用することは出來ないが、商法第二十三條の適用に付ては同條に所謂許容とは所謂作爲の場合の外、右に認定した被告の場合の様に他人が自己の商号を使用するのを知つて阻止しないこと、即ち不作爲の場合をも包含するものと解するのが相当である。從つて民法第百十二條或は追認の点に付ての原告の主張に付て考慮するまでもなく、被告会社は商法第二十三條により岡の爲した前示取引に付同人と連帶して弁済の責に任じなければならない。

次に所謂統制違反に関する被告の主張に付て考えると、昭和十五年農林省告示第三一五号を以て指定されたマニラ麻漁綱の販賣價格は昭和二十年二月二日同年農商省告示第七四号を以て廃止され、其の後昭和二十二年七月二十二日物價廳告示第四一六号を以てマニラロープ及び麻綱等の販賣價格が指定される迄は何等の價格統制法規も存在しなかつたものであり、又本件取引に付ては統制組合の許可を得ることを前提としたこと先に認定した通りであるから、被告が本件に付民法第七百八條の適用を主張するのは失当と謂うの外は無い。而して成立に爭の無い甲第十号証並びに証人名迫友武の証言及び之に依り成立を認められる甲第七号証を綜合すれば岡は昭和二十二年三月中右の物件の調達の不能を理由に契約の解除を求め、手付金の返還を申出でたので原告も之を承諾したが未だその支拂がないこと明であるから被告に対し右金十万円及び之に対する本件訴状送達の日の翌日であること記録上明な昭和二十二年十月二十三日以降右完済迄商法所定の年六分の遅延損害金の支拂を求める本訴請求を正当として認容し、訴訟費用の負担に付民事訴訟法第八十九條、仮執行の宣言に付同法第百九十六條を各適用し主文の通り判決する。

(裁判官 沢井種雄)

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